偉大な先輩たち

原丈人さんの『新しい資本主義』を読みはじめた。
引き続き、ビジネス関連書籍の読書月間なのである。
で、これはおもしろい本。
というか、原さんは現代日本の誇りと言っても過言ではない。
当該書籍にしても、最初の数ページで、頭のキレにうなって
しまう。
ただし、その人の存在を知ったのはさして古いことではなく、
確か1年くらい前。
製本講習の講師をお願いしている山崎曜さんの日記に、
「ほぼ日」に掲載されているインタビューがおもしろい旨の
記述があり、「どれどれ」と覗きにいったのが、きっかけ。
で、すっかりやられてしまった。
原さん、凄過ぎる…。
というか、そういう人をきちんと紹介できる回路を確立した
ところに、「ほぼ日」というか糸井重里の卓越も感じた次第。
が、糸井重里に関しては、いまだに喉に小骨が引っ掛かった
ような感じを覚えている。
結局、呼び捨てだし(苦笑)。
たぶん一番腑に落ちていないのは、メジャーとマイナーの
差みたいなところなのだと思う。
たとえば、スポーツへの距離感。
糸井重里は大の巨人ファンであり、それだけでなくスポーツ
全体に対して、誠にもって好意的である。
一方、わたしは、昔からそうだったが、最近はもはや全く
スポーツというコンテンツ(=見るものとしてのスポーツ)
を必要としなくなっている。
ばかりか、ずいぶんと懐疑的なのである。
勝ち負けという価値観を、過度に加速させる回路として
スポーツはあり、それは結局良いものではないはずだ、と。
オリンピックにしたって全然平和的なものなんかではなく、
普仏戦争に負けたフランスが若者を鍛え直すために始めた
イベントであり、のっけから戦争絡みなのである。それ。
といったことの方に、どうしても興味がいってしまう。
なので、糸井重里との嗜好の違いはいかんともし難いわけ
だが、それはそれとして、一人の大人としてはしっかり
尊敬していたりもする。
そして、そういう距離感って大事なことなのかも。
むしろ、追い越したいと思っている先輩なのかも知れない。