お昼の選択と任天堂

朝、LINCOSに立ち寄って昼食を買うのが、楽しみになって
きている。
人が勝手にメニューを決めてくれる宅配弁当(玉子屋)も
良かったが、選ぶことにはストレートな喜びがある。
コンビニよりもはるかに選択肢が多いので、その喜びが一層
加速されるのだろう。
そしてこの場合、2時間半後に食べるものを選ぶわけなので、
選ぶ自分と食べる自分の間にはちょっとした断絶が存在する。
「これが食べたい」というよりも「これが食べたくなるはず」
あるいは、もっと気持ち悪く言えば「2時間後の自分にこれを
食べさせてあげたい」という、ちょっとしたサービス精神が
働くのである。
で、今日のメニューは稲荷ずしと春雨サラダとインスタント
味噌汁。
なかなかいい選択だね、と2時間半後のわたしは思った。
夫婦の間でも、時折そうしたことがある。
ちょうど食べたいと思ったものが夕食に準備されていた時は
ちょっとした幸せである。
それはまた、偶然の楽しさでもあるのだろう。
必然の追求は人を深刻にするが、偶然の合致はこだわりを
放り出す開放感に通じる。
それはまるで、人知の限界を笑うことのよう。
そう言えば、「任天堂」という社名は「事業の成否は天に
任せます」という思いでつけられたらしい。
良い名前である。