嫌な現象の相似形

少し前にも書いたが、「電車の戸口から動かない人が増えた」
ことは、ここ1年くらいで目立つようになった嫌な風潮である。
以前は、遅れて乗ってくる人がいれば、自ずと人並みが奥に
流れていたところ、最近はかたくなに戸口で踏ん張る人がいる。
そういう仁王像に出会ってしまうと、不本意ながら頭を下げて
横を通り抜けるしかない。
いや、そんな振舞いをするのは全体からすれば小数の人間だし、
大抵はいかにもなおじさん達である。
ただ、今日ふと思ったのは、その現象を見るようになったのは
ひょっとしたらリーマン・ショックあたりからだったかも
知れない、ということ。
実際、その行動から受ける印象は、公的資金を導入された大手
証券会社の役員たちが莫大なボーナスをもらったと聞いた時の
嫌な感じに似ている。
運にせよ、能力にせよ、たまたまその場所や地位にいるだけの
はずが、一旦たどりついたら最後、恥も外聞もなく既得権益
離そうとしない腐臭。
あまりにもスケールの違う現象だが、不安の伝播というのは
そういう形で表れるのではないかと思うし、そもそも相似は
大きさとは別の問題である。
ならば逆もあるのか?
日本の満員電車のマナーが向上すれば、ウォール街に良心が
芽生える?
ただし、悪事は千里を走るが、良い話はなかなか伝わらない
ものである。